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名古屋高等裁判所 昭和59年(う)89号 判決 1984年7月03日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官検事加藤松次提出にかかる名古屋地方検察庁検察官検事加藤泰也名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人矢島潤一郎名義の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

検察官の控訴趣意は、本件各公訴事実のうち、被告人に対する昭和五八年一一月三〇日付起訴状記載の公訴事実中別紙犯罪事実一覧表1ないし3の各詐欺罪の点につき被告人を無罪とした原判決の認定判断には事実誤認ひいては法令の解釈適用の誤りがある旨主張するとともに、右事実誤認等の点をも含めて原判決の量刑は著しく軽きに失し不当である旨をも主張するものであり、そのうち右事実誤認・法令の解釈適用の誤りを主張する論旨は要するに、被告人に対する前掲記の詐欺罪の各公訴事実(但し、原審第二、第三回各公判における訴因変更後のもの、以下同じ。)は、原判決が原判決書の「無罪理由」の部の冒頭に記載するとおりである(なお、その罰条はいずれも刑法二四六条一項)ところ、原判決は、該各公訴事実につきそれらの外形事実はこれを認めることができるとしながら、他面、各公訴事実中で被欺罔者とされた戸谷茂、小沢恭、鬼頭一夫は、いずれも株式会社ジェーシービーの加盟店規約どおり株式会社ジェーシービーが販売代金を決済することを信じて各公訴事実記載の商品を販売し、右規約どおり支払を受けたものであるから、右戸谷ら三名はなんら欺罔されたとは認められないばかりか、そもそも、各公訴事実記載のごときクレジットカードを用いる信用販売において、被告人が株式会社ジェーシービーに対する支払能力があるごとく装つたというようなことは加盟店に対する関係では、特段の事情がない限り、詐欺罪における欺罔行為にはならないと説示して詐欺罪の成立を否定し被告人に対して無罪を言い渡したが、被告人が後刻株式会社ジェーシービーの会員規約に従い、購入した商品の代金を同会社に間違いなく支払うものと信用したからこそ前記戸谷茂、小沢恭、鬼頭一夫の三名は被告人に該商品を販売交付したものであることは証拠上明らかであり、しかも、被告人がクレジットカードにより加盟店から商品を購入するに際し代金支払の能力や意思を偽つた点は、信用販売制度に基づく取引の最も重要な要素を偽つたことにほかならず、このような信用的裏付けの全くないカードによつて商品購入を申し込むこと自体、たとえ自己名義のカードであつても刑法二四六条にいう欺罔行為に該当することもまた明らかであるから、原判決は、これらの点について事実を誤認し、ひいては刑法二四六条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

そして、記録及び原判決書によれば、被告人に対する昭和五八年一一月三〇日付起訴状記載の別紙犯罪事実一覧表1ないし3の各詐欺の公訴事実が所論摘録のとおりであり、原判決が該各公訴事実について所論指摘の理由によつて被告人に対し無罪の言渡しをしたことは、まさに検察官所論のとおりであると認められる。

そこで、まず、本件記録を仔細に調査し、さらに当審における事実取調べの結果をも参酌して、原判決の右無罪部分の認定判断の当否を検討すると、原審及び当審において適法に取り調べた各証拠、とくに、後記「証拠の標目」の欄に挙示した関係証拠によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  被告人は、昭和五八年三月一八日現金一〇〇〇円を預金して株式会社協和銀行大曽根支店に被告人名義の普通預金口座(口座番号八九四八六二)を開設するとともに、同支店行員を介して、商品購入等の斡旋業等を営む株式会社ジェーシービーに対してクレジット会員としての入会を申し込み、同年四月一一日同社の承認を得て、同月一五日自己名義のクレジットカードの交付を受けたこと

(二)  右会員は、株式会社ジェーシービーと加盟店契約を締結している商店(以下単に加盟店という。)において商品を購入する際、商品代金を直ちに現金で支払わなくてもクレジットカードを呈示し所定の売上票に署名する等会員規約に定められた手続をとつて該商品を購入することができ、この場合、購入した商品の代金は、株式会社ジェーシービーが加盟店規約に従い会員に代わつて加盟店に対しこれを支払つた後、会員規約に則り所定の金融機関の預金口座から自動引落とし(口座振替え)の方法により会員からこれを回収すること、右の方法による決済に備えて、会員は、商品購入後会員規約に定められた期限までに(購入日が当該月の一五日までであれば翌月の一〇日までに、一六日以降であれば翌々月の一〇日までに)所定の金融機関の預金口座に所定の金額を預金するなどして購入した商品の代金相当額を同口座に保有しておく必要があること

(三)  本件において被告人は、別紙犯罪事実一覧表記載の各年月日に、同記載の各加盟店で、時計宝石等販売店従業員(経営者戸谷幸男の子息、以下同じ。)戸谷茂、贈答品販売店経営者小沢恭あるいはカメラ販売店経営者鬼頭一夫らに対して前記クレジットカードを呈示して同記載の腕時計一個等各商品の購入を申し込み、即時同所において同人らから右各商品の交付を受けたこと、しかし、被告人は、前記株式会社ジェーシービーに対する入会申込当時及び前記商品購入当時、勤務先の株式会社富士交通からの月給は平均二〇万円前後であつたのに、すでにサラ金等に多額の借金をしていてその返済に追われ、手元には五万円ほどしか残らず、一万三五〇〇円の家賃も支払えないほど困窮していたものであつて、もとより他に収入源や資産等はなく、預金も前記協和銀行大曽根支店の預金口座のカード手数料二五〇円を差し引かれた残金等七五二円以外にはなく、本件を含め前記クレジットカードを使用して購入した商品代金等合計八一万七八五四円については全く決済資金を振込入金していないのに、購入した商品等はほとんど換金処分するなどしていることに徴して、被告人は、別紙犯罪事実一覧表記載の各年月日ごろには、いずれも購入した商品の代金相当額を前記預金口座に振り込んで支払う能力はもちろん、その意思もなかつたものであること

(四) 株式会社ジェーシービーとその加盟店との間を規律する加盟店規約中には、その第二条に「加盟店はJCBの会員(以下会員と称す)がJCBの発行するカード(以下カードと称す)を提示して物品の販売、またはサービスの提供を求めた場合は、本規約にしたがい会員に対して正当な商行為にのつとつて信用販売するものとし公序良俗に反するようなことは行なわないものとします。(以下略)」旨規定されており、なるほどその第三条に「加盟店は有効なカードを提示した会員に信用販売の取扱いを拒絶し、または直接現金払いを要求する等カードの円滑な使用を妨げるような制限を行なわないものとします。」旨の条項はあるものの、本件において、株式会社ジェーシービーも各加盟店側も一致して、従来から、各加盟店においてクレジットカードを呈示して商品の購入を希望する者がその代金を支払う意思・能力がない場合にまで各加盟店が取引を拒絶できないものではなく、かえつてこれを拒絶することこそ前記第二条の趣旨に沿うものであると理解していること、そして、別紙犯罪事実一覧表記載の各犯行に際しても、前記戸谷茂らは、いずれも、被告人が同記載の各商品の代金を後日株式会社ジェーシービーに支払う意思も能力もないと判つていたら、呈示されたのが有効なカードであつても被告人に該商品を売り渡すようなことはしなかつた旨供述していること

などの事情が認められ、右認定と抵触する被告人の当公判廷における供述は、前掲証拠と対比してにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係に徴すると、株式会社ジェーシービーから自己名義のJCBクレジットカードの交付を受けていた被告人が、右カードを使用して加盟店から商品を購入するに際し、商品代金を会員規約に則つて支払う意思も能力もないのにこれあるように装つた点は、刑法二四六条一項にいう欺罔に該当するというべきであり、本件において、前記戸谷茂ら別紙犯罪事実一覧表記載の被欺罔者らは、被告人の右のような欺罔行為のために、被告人において会員規約に則つて同記載の各商品代金を支払う意思・能力があると誤信し、その結果各商品を売買名下に被告人に交付した状況が明認されるのみならず、右欺罔行為による錯誤に基づいて該各商品を被告人に交付したこと自体、すでに前記各加盟店の損害と解すべきであるから、原判決が指摘するような、各加盟店においては各商品代金を後日株式会社ジェーシービーから受領しているという事実はなんら被告人に詐欺罪の成立を認める支障となるものではない。したがつて、前記のごとき被告人の本件各所為は、いずれも刑法二四六条一項の詐欺罪を構成するものと解するのが相当である。

そうとすると、被告人に対する前記各詐欺罪の公訴事実について被告人に無罪の言渡しをした原判決には事実を誤認しひいては法令の解釈適用を誤つた違法がある旨主張する検察官の控訴趣意はその理由があり、しかも右詐欺の各罪は、原判決が有罪とした原判示第一、第二の各罪と刑法四五条前段の併合罪として一個の刑により処断されるべき関係にあるから、検察官の量刑不当の控訴趣意について判断するまでもなく、原判決は、右無罪部分のみにとどまらず、その全部について破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条に則り原判決を全部破棄するが、本件は、原裁判所及び当裁判所において取り調べた各証拠により、当裁判所において直ちに判決することができるものと認められるから、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに判決する。

(罪となるべき事実)

原判決が「罪となるべき事実」として認定した各事実を引用するほか、さらに、

「第三 被告人は、前記のごとく、商品購入等の斡旋業等を営む株式会社ジェーシービーと会員契約をし、同社から自己名義のJCBクレジットカードの交付を受けていたものであるが、同社が組織する加盟店においては、右カードを呈示することによつて商品を購入することができ、その購入代金については同社が各加盟店に対し債務を負担して支払い、会員は後日同社に対して自己の銀行口座から引落としによつて代金を支払う仕組みになつているのを奇貨として、いずれも右仕組みによつて代金を支払う意思及び能力がないのに、右カードを使用して加盟店から商品を騙取しようと企て、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和五八年六月二日から同月一八日までの間、前後三回にわたり、いずれも同社の加盟店である名古屋市西区上名古屋二丁目五番二〇号所在のジュエルトタニ店ほか二か所において、同店従業員戸谷茂ほか二名に対し、右カードを呈示して商品の購入方を申し込み、同人らをしてその旨誤信させ、よつて、その都度、同人らから腕時計一個ほか四点(時価合計約二四万四二八〇円相当)の交付を受けて、これを騙取したものである。」

旨の事実を付加する。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示各所為はいずれも刑法二四六条一項に該当するところ、以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重した刑期の範囲内において本件各犯情をかれこれ考慮して被告人を懲役一年に処し、同法二一条に従い、原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、なお、原審及び当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用し、これを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(杉田寛 土川孝二 虎井寧夫)

犯罪事実一覧表<省略>

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